襖を開けて中に入ると奥方様は小さく寝息を立てて眠っていた。
「父上はなんと言った?」
「はい、もう大丈夫です。」
「そうか、それは良かった。」
「はい、ありがとうございます。」
会話が続かなかった。
沈黙が続く部屋、奥方様の寝息だけが聞こえる。
静寂を破ったのは左近様の大きく零した溜息の音だった。
「朱里、妻から話しは聞いた。つらかったであろう。」
そして溜息に続く言葉はとても優しい言葉。
春牙....。
忘れることの出来ないない大切な人。
涙を止めることはできない。
春牙を思い出すと涙はその名に反応するように溢れ出す。
「俺に仕えぬか?」
泣いている私を抱きしめて左近様は言葉を落とした。
「いいえ、私の生涯の人は春牙と決めております。私はこの先一人で生きていきます。」
キッパリと言い切る私を見つめるのはさっきまで眠っていた奥方様。
奥方様は布団から起き上がると私の前まで歩いてきて静かに腰を下ろした。


