たとえばそれが始まりだったとして



これ、彼女が後ろから抱きついているのとなんら変わらない状態なので。俺の心臓が保ちません。どんな状況であれ突然後ろから抱きつくのは色々大変なので止めてほしい。男心を理解しろとは言わないが、せめて今の俺の心境くらいは察してくれても良いんじゃないか。そう切に思ってしまうほど、彼女が腕を放す気配はなかった。

やがて、ぽつりと彼女が口にした問いに、それが腕を離せと言った俺への返事なのだと気付く。

「もう、殴らない?」

それはか細い声だった。

「っ!」

彼女が腕を離さなかったのは、離したら俺がまた眞鍋に殴りかかるんじゃないかと心配したからだった。わかった途端、必死でしがみつく彼女が痛々しく思えて。自分の事ばかりで彼女の気持ちひとつ考えられなかった自分を恥じた。彼女にそんな事を言わせてしまった自分が許せなかった。
一刻も早く彼女を安心させたくて、出来るだけ優しい声音で、俺は答えた。

「うん、殴らないよ」

「……蹴るのも駄目だよ?」

「蹴らないよ」

「ず、頭突きとか」

「しないよ」

「体当たり、とかも」

「っごめん。もう暴力はしないから!」

聞いていられなくて思わず彼女の言葉を遮った。胸が痛かった。
しがみつく力が強くなったのを感じて、回された腕にそっと自分のそれを重ねた。その冷たさに目を見開く。セーター越しでは気付かなかった冷たさに、俺は彼女の手をしっかりと包み込んだ。外は雨、屋上手前のこの場所に、数十分とは言えブラウス一枚で過ごすのは厳しかったに違いない。それを裏付けるように、背中でくしゅんとくぐもった音がして、とことん駄目な自分にため息が出た。

彼女の手を握りやんわりと外していく。抵抗はなかった。着ていたセーターを脱いで頭から彼女に被せる。顔を現した彼女はぱちくりと瞬かせていて、その可愛さに表情が緩む。「ごめんね」と頭を一撫でし、さて、気持ちを切り換えた。完全放置だった眞鍋へと向き直る。眞鍋は無表情に俺達の様子を見ていた。

きっちり説明していただきましょうか。