四時間目の数学が終わろうとしていた。
昼休み前のこの時間、本来なら迫り来るランチタイムに今か今かと待ちきれずにお腹の虫と格闘しなければならないはずが、数学という催眠効果抜群の子守歌の効果か、半分の生徒は眠りの世界に旅立ったまま帰って来ない。人は食欲よりも睡眠欲を優先させる生き物なのだと、机に突っ伏す彼らを眺めながら思った。

俺は眠気こそないものの、教科書をなぞるだけのつまらない授業に辟易しているのは確かで、これでは授業を聞く必要はないだろうと見切りをつけてからはノートをとるも気分次第で、つまりは全くと言っていいほど授業に集中していないのだった。

頬杖をついまま目だけを動かして時計を見る。デザインより見易さが優先されたそれは授業終了まで残り五分を差している。当たり前だが一秒に一度しか動かない秒針が今の俺にはひどくもどかしく感じられた。

授業を聞いていない俺が、では一時間――いや朝から今までの間何をしていたのかというと。

それは彼女について。

朝彼女と過ごす三十分。この二週間、お互いに相槌を打ちながらそれなりに会話を弾ませていた。始めの日こそ互いにぎくしゃくしていたものの、次の日からは俺も自然体で彼女に接することができたし、彼女も笑顔を見せてくれるようになった。

会話中、初めて目にした、というか初めて俺に向けられた笑顔を隣という近距離で目の当たりにした時は、正直やばかった。にやけそうになる口元を下唇を噛むことで抑えようとしていたら、それに気付いた彼女が変な顔だと言って遠慮なしに爆笑するものだから、俺は笑われたことも棚上げでつられて笑ってしまった。俺の前で感情をさらけ出してくれたのが嬉しくて。無防備に破顔するくらいには心を許してもらえてるのかな、と都合良く解釈させてもらった。

俺の身内話や興味がないであろう部活の話にまで熱心に耳を傾けてうんうん頷く彼女にも嬉しさがこみ上げて、同時に、まあ、そこは惚れたもん負けというか、その仕草がつい頬が緩んでしまうくらい可愛いかったわけだ。