でも、彼女があまりにキラキラした目を向けてくるものだから、例え彼女の中で俺が犬と同列だとしてもまぁいいかなという気持ちになったのだった。なぜ犬にユニフォームを着せるのかは不明だが、彼女が笑ってくれていれば俺はそれでいい。

不安がっていたお姉さんの件も無事解決したみたいだし。今朝の彼女は憑き物が落ちたような晴れやかな表情をしていた。それに関しては喜ばしい限りなのだけど、俺の心は曇っていた。どうしても忘れられなかったのだ。

真っ赤な顔でポロポロと涙を零しながら不安をさらけ出し俺の胸でしゃくりあげる彼女の姿も。さらさらの髪の手触りも震える小さな肩もふわりと漂うシャンプーの香りも。全てが染み付き今もはっきりと思い出すことが出来る。

あの時は咄嗟に腕が伸びてしまったけれど、考えなしに動いたことを少しだけ後悔していた。一度でも彼女を感じてしまったために、全身がもっとと彼女を欲するようになってしまったのだ。潰れるくらいにぎゅっと抱きしめて俺のものにしたい。彼女の全部を奪ってしまいたい。そんな欲望がずっと渦巻いているのだ。

俺にそんな権利がないのはわかっている。俺が一方的に想っているだけで、彼女の恋人でもなんでもない、ただの友達に過ぎないのだから。
中途半端をした俺の自業自得だ。彼女に触れられないのがこんなにも苦しいとは思わなかった。何しろ誰かに触れたいと思ったのすら初めてで、この衝動には戸惑うばかりだった。ぐちゃぐちゃに混ざり合った気持ちはどうすればいいのだろう。

円らな瞳か……。
つんと犬の顔を突っつく。体を揺らしてもその表情は変わらず愛らしい。脳天気なやつめ。
ふっと自嘲の笑みが浮かぶ。こんな汚い自分、彼女には絶対見せられない。

「起立。礼。んじゃあな、はい解散」

HRが終わり部活に行こうと鞄を手に取った時だ。

「桐原」

名前を呼ばれ、踏み出す途中だった足を戻して声のした方を見る。

「眞鍋……。何の用だよ。遊びは終わったんだろう?」

「そんなに睨まないでよ。俺だって好きで声を掛けたわけじゃない」