私の耳には何も入って来なくなっていた。

蝉の声も風の音も。

太陽の光さえも,私の目には届かなかった。

あるのは,初めて感じる不安と恐怖。


いくつもある枝分かれした道の一つから,お兄さんが見えた。

こっちを向いて突っ立っている。

お兄さんは,ズボンのチャックを開けながら近づいて来た。


怖くて顔が見れない。


右は塀。左にお兄さん。

逃げられなかった...


口を塞がれ声が出ない。

暴れようとしても,身動きがとれない。

潜り込むその手が
私の体を這う。





荒れた息づかい

這い回る手の感触

伝わる体温


全てが何かを壊していった。


チャックの中に手を伸ばし,私の顔をそれに抑えつける。


どれくらいの時が経った...?

その『男の人』は私を解放し,チャックを上げながら来た道を戻って行った。


私は,その背中を見送った。

ただじっと,見えなくなるまで。