真っ赤な顔をしながら、困った表情を浮かべる彼女。

慌てて手を離し、ポケットの中で拳を握り締めた。

「す…すいません」

「いえ…ビックリしただけですから…」

自然と沈黙が訪れ、桜の花びらが交ざった冷たく優しい風が流れ込む…

「あの…風邪引かないように…気をつけて下さいね」

うつむきながら小さく告げる彼女に、胸が強く締め付けられた。

「ありがとうございます。…神田さんも、気をつけて下さい」

「…はい。おやすみなさい。…のど飴のお兄さん」

「おやすみなさい」

逃げ出すように走り出してしまった彼女。

…のど飴のお兄さんか…

名前を覚えられていない事は寂しかったが、それ以上に彼女と話せた事が嬉し過ぎた。

目を見ながら話す事は一度しか出来なかったが、彼女となら見つめ合いながら話しが出来る気がする。

度重なる偶然から始まったこれからの生活。

期待を胸に抱きながら、ゆっくりと歩きはじめた。