そうならば、自分は薫を諦めよう。

「…あれ?」
どうして、諦めようと思ったのだろう。
別に、好きじゃないのに。

…好きじゃない?
なんだか違う気がした。

もしかしてあたしは橘薫が好きなんじゃないの?

奏とは違う感情が芽生えているのは確かだ。

『依奈?』
「恵美ちゃん、気を付けてね。行ってらっしゃい!」

できるだけ明るい声音でそう言うと、電話を切った。

気付いてしまった。
ドキドキと脈うつ。

(…あ、あたし、橘薫が好きなんだ)
だけど、諦めきれないほど大きく感情は育っていない。

今なら割りきれる。

初めての恋を依奈は諦めると決めた。

♪~、♪~
家の電話が鳴った。

依奈は受話器をとる。

『奏?俺だけど!』
「?奏くんなら今洗面所に…『その声、依奈ちゃん!?』

なんとなく、電話の相手が誰だか分かった。

「…山本、秋くん?」