8月12日

天気:曇りのち雨


ついに泣き出した鈍色の空をぼんやりと見上げる彼を見つけたのは、偶然だ。

この駅にいるということは、彼女に会いに行く予定なのだろうと悟る。

──瞬間、胸が切なく締め付けられたけれど、負けないようにと深く息を吸った。


「華原君、こんにちは」

「結衣」


驚き双眸を丸くする彼の手に傘がないことに気付く。

きっと、降り出した雨に足止めをくらったのだろう。


「あの、実は私、折りたたみ傘持っているのを忘れて買ってしまって」


良かったらとビニール傘を差しだすと、彼は眉を寄せながらも笑みを零した。


「お前、相変わらず抜けてるよな」


まぁ、そういうところがいいんだけどと、続けて呟いた彼が私の手から傘を受け取った刹那、互いの指が触れ合って。

言葉の威力も相まって胸の内側が恋の唄を奏で始める。


「さんきゅ」


離れていくささやかな温もりと、開いた傘の下で柔らかく咲いた微笑み。

好きですと言えない分、笑みで応えて見送る。

手を繋いで、同じ歩幅でその隣を歩けることを待ち望みながら。

私は、壊れてしまった折りたたみ傘を手に、駅前の広場へと一歩踏み出した。



- Fin -







※この作品はひい。様への企画プレゼント用に書き下ろしたものですが、許可をもらいましたのでこちらで公開いたしました。