「授業、行ってきます。」


私は、誰にでもなく言って講義のある教室に向かう。

研究室に入ったからと言って、研究だけをすればいい訳じゃない。

特に、3年生の後期はまだ結構な量の講義が入っている。


「沢村さん、俺も行く!」


そう言いながら駆け寄ってきたのは、ハタエくんだった。


「何で待ってくれないの?」


馴れ馴れしく話しかけてくるハタエを私は冷たくあしらう。


「だって、授業一緒だなんて知らなかったし。」

「そんなぁ。」


やたらとオーバーなリアクション。

チャラい、思っていた以上にチャラい。

私は無言のまま歩き続ける。


「ねぇ、沢村さん。若菜って呼んでも――」

「ダメ!」


私のことを呼び捨てにしようなんて、100年早いんだよっ!

私を呼び捨てにしていいのは、親と浩実、あとは、私の恋人だけ。

どんなに私にバッサリ切り捨てられても、ハタエは懲りない。


「えぇー、じゃあ、若菜ちゃん。」

「あんまり嬉しくない。」

「でも、ダメじゃないんだ?」


もういいや、めんどくさい。

私が妥協してあげるわ。


「わかった、いいよ。」

「よかったー!俺さぁ、若菜ちゃんと仲良くなれないかと思った。俺のことは、大樹でいいから。」

「うん、よろしくね。ダイキくん。」


特別な仲にならない限り、呼び捨てはしない主義なの、私。