その国に、お桐という娘がおりました。


数えで17。
父は藩の矢蔵頭人(※)を勤める武家の家柄で、お桐はその一人娘でした。


小さい頃からそれはそれは大事に育てられ、器量良く、芸事を能くし、気立ては優しく、とまさに深窓のお姫様と言うに相応しい娘でございました。


誰からも愛される、申し分ないお姫様。


近く藩の加判役(※)殿の御嫡男に嫁ぐ事が決まり、父も母も庭男から飯炊き女まで、家中が華やかな忙しさに追われておりました。







皆が祝いに包まれる中、お桐はただ静かに微笑んでおりました。




見合いの折に会ったきりの婿殿。
はしゃぐほどの喜びも沸かず、この大人しい娘の胸の内には、ただただ実家を離れる寂しさだけがほんのりと去来するばかりでした。






(※)矢蔵頭人…藩の蔵を管理する役人。武器や宝物の管理。


(※)加判役…家老の役職の一つ。