居酒屋『とり蔵(ぞう)』の暖簾をくぐり中に入ると権田先輩はカウンターに座っていた。
僕が入って来たのを確認した先輩は沙織ちゃんを呼んで座敷の席を用意するように言う。
「呼ぶまで来なくて良いから」
沙織ちゃんにそう言って権田先輩は話し出した。
「勇次、那比嘉となんかあったのか?」
「なんかって何もないですよ」
「何もなかったらこんな事にはなってねーんだよ」
「夕べ那比嘉さんに呼び出されて彼女のお母さんの店に行きました」
「それで・・」
「彼女酔っていたのかも知れませんけど、付き合ってくれって言われて断りました」
「で?」
「で?ってそれだけですけど・・」
「彼女、後悔させてやるって・・」
そこまで聞くと権田先輩は頭を抱えて「ハァ〜」とため息をついた。
「だって先輩、僕、栄転ですよ?出世街道ですよ?」
「あんな、話はそんな単純じゃねーんだよ・・」
「何がですか?」
「お前が行かされそうになってるのは本社は本社でも資料室って所だ。資料室ってのは本社の地下にあって一日中太陽の当たらない場所でずっと資料の仕分けをさせられる、言わば社員の墓場だ。そんな所に行ってみろ、半月もしないうちに辞めたくなるぞ」
僕は権田先輩の言っている意味が分からなかった。
(僕が会社の墓場に行く?まだ入社したばかりなのに?)
「なあ勇次、どうするよ」
僕はとっさには答えを出す事が出来なかった。
頭の中で先輩の言葉がぐるぐる回っていた。
「い、一週間考えます・・」
「そうか、分かった。じゃあ今夜は飲め!おーい!沙織ちゃーん」
「はいはい。難しいお話は終わりですかな?」
「おう、生二つと後は適当に持って来てくれ」
「はーい!喜んでー!」
僕は二人の会話さえ聞こえてはいなかった。
「・・くん。・・くん。ゆうじくん!」
はっとした。僕を沙織ちゃんが呼んでいた。
「もー!ぼーっとしちゃって。あの可愛いお姉さんとはうまくいったの?」
(あーっ!沙希ちゃんの事をすっかり忘れてた!栄転だなんて浮かれてしまって、情けない・・)
僕は本気で参ってしまっていた。
本社に行くなら沙希ちゃんとは別れるしかなかったからだ。

