「おはようございます」

会社に着くと一階のエレベーターホールで那比嘉さんに出くわした。

「おはようございます。今日は一段と早いですね」

「今の人・・夕べの試合の時にいましたよね?」

「そ、そうですか?って言うか、見てたんですか?」

エレベーターの昇降ボタンを押しながら言った。

「夕べからずっと一緒だったんですか?」

「いや、まあ。・・那比嘉さんには関係ない事ですよね・・」

この一言で彼女の顔色が変わった。

「関係あるわよ!私、相談があるって言ったじゃない!時間作ってくれるって勇次くん言ったでしょ!」

エレベーターホールに響き渡るような大声で彼女は叫び出した。
通り掛かる人が何事か、と一瞥をくれて過ぎてゆく。

「ちょっと!那比嘉さん落ち着いて!」

「何よ!あんな女のせいで時間が作れないって言うの!」

「とにかく!話しは聞きますから落ち着きましょう!」

「話し・・聞いてくれる・・?」

(何なんだこの女は・・)

やっと落ち着きを取り戻した彼女をエレベーターに乗せ、僕は四階のボタンを押した。

他にもエレベーターを待っている人はいたが、乗り込んで来る事は無かった。

いつものように朝の雑用を二人でこなし始業の時間をそれぞれのデスクで待ち、スタッフが次々と出勤して来る中、彼女は何食わぬ顔で挨拶をしている。

昼に外回りから戻ってみるとデスクの上にメモ書きが置いてあった。


PM7:00
都町第8ゴッホビル2F
『SHOT BAR 薫(くん)』

きっと那比嘉さんが置いたのだろう。
僕はメモを読み取ると彼女に見つからないようにメモを丸めてごみ箱に捨てた。

(まったく、僕が何したって言うんだ・・)

重い気持ちのまま午後はデスクワークをこなした。
彼女はいつも通りに言い付けられた雑用をしている。
時折鼻歌交じりに。

今朝の様子から察すると、メモ書きの場所にもし行かなければどんな事になるのか想像はたやすい。

あの尋常ではない姿を僕は二度と見たく無かった。


【件名:お疲れさま】
今日、会議が入っちゃって遅くなると思う。携帯の電源も切っているから帰り着いたら電話します。


一つ目の嘘をついた――。