午前10時の5分前に僕と沙希ちゃんは都町の『第8ゴッホビル』の前に立った。
昼間の歓楽街は人通りも少なく、何かあった時の為にステーションワゴンをビルの前に停めたままにした。
「じゃあ行きましょう」
「うん!」
「本気で来て下さいね」
「分かった!がんばる!」
ビルの階段を上がり『SHOT BAR 薫(くん)』の扉の前に立つ。
大きく深呼吸をしてから重いスチールの扉を引いた。
呆気(あっけ)なく開いた扉の中に那比嘉翔子はいた。
あの時と同じ赤いドレスと真っ赤な口紅でカウンターの中に立っている。
「千尋は?千尋はどこですか?」
「相変わらずの慌てん坊さんね、勇次君。千尋ならここにいるわ」
そう言ってカウンターの途切れた部分に千尋ちゃんの姿を見せた。
「千尋ちゃん!」
沙希ちゃんが駆け寄ろうとしたのを那比嘉翔子が制して言った。その手にはアイスピックが握られている。
「この子、私の姪だそうね。父が慌てて探しているそうよ」
「知っているんなら今すぐに離しなさいよ!卑怯者!」
「卑怯者でも何でも構わないわ。そこの勇次が苦しむのを見たいだけよ。それにあなたもね」
「那比嘉さん、あなたの目的は僕でしょ?千尋には関係無い、今すぐ開放して下さい」
「そんなに簡単に言わないでよ。結構苦労したんだから、この子をさらうのに」
「ホントにバカな真似をしたわね!大きな捜索隊まで出てるのよ!すぐに自首しなさい」
「あなた・・何なの?私と勇次の邪魔をするばかりか可愛い姪まで手なずけて。面白い?」
「面白いって何よ!あたしは真剣に勇次くんも千尋ちゃんも愛しているのよ!あなたみたいな人とは違うわ!」
「沙希ちゃん!落ち着いて!千尋が見ている」
千尋ちゃんは那比嘉翔子に肩を押さえられ、身動き出来ないままに沙希ちゃんの方をじっと見つめている。
「何よ!そもそも勇次くんが撒いた種なんでしょ!何で千尋ちゃんがこんな目に遭(あ)わなくっちゃいけないのよ!」
(沙希ちゃん・・それ本当に演技?)

