――都町第8ゴッホビル2F『SHOT BAR 薫(くん)』――

那比嘉翔子が指定してきたのは以前僕が呼び出された店だった。

「今からすぐに行きます!」

と言う僕の言葉に那比嘉翔子は笑って、

「千尋ちゃんって言ったっけ?今はぐっすりおやすみ中よ。何なら起こしても良いんだけど?」

「じゃあ、何時に行けば良いんですか?」

「そうね、明日の午前10時でどう?今夜はせいぜい彼女の事を愛してあげて。最後の夜になるかも知れないんだし」

「分かりました。彼女、千尋ちゃんには絶対に危害を加えないって約束してくれるんなら、必ず二人だけで行きます。約束・・してくれますね?」

「約束するわ。じゃあね、勇次君」



タクシーが『メゾン・ciel』の前に着いた時、ちょうど電話も終わった。



「あたしと勇次くんがそのお店に行けば千尋ちゃんは返してくれるって彼女言ったのね」

アパートの部屋に入るなり、沙希ちゃんが確認してくる。

「はい、確かにそう言ってました。でもあんな大掛かりな真似をして、那比嘉翔子の意図する事が見えてこないんです。ただで僕らを、いや僕を返してくれるんでしょうか?」

「大丈夫よ、勇次くんはあたしが守るもの・・勇次くんだけじゃない、千尋ちゃんだってあたしが守るんだから・・」

「沙希ちゃん・・」

見慣れた部屋に帰ってきて緊張の糸が切れたのか、沙希ちゃんはそのまま泣き崩れていった。

僕は彼女の肩を抱いている事しか出来なかった。