「と、とま!り・・って・・・」

僕は沙希ちゃんの突然の言葉にア然とした。

(それって僕に言ってるの?)

沙希ちゃんは自分で言った言葉がよほど恥ずかしかったのかうつむいたまま顔を上げようとはしなかった。

そんな事を言われるとは思ってなかった僕は沙希ちゃんの顔をまともに見れない。

「ダメ・・かな?」

「ダメ・・って言うか、いやダメじゃないけど・・」

混乱していた。

(彼女は僕をからかっているのだろうか?
今まで23年間生きてきて彼女はおろか、女友達の一人もまともに出来なかった僕の部屋に泊まりに来るって言っている。

いや待てよ、泊まりに来るって言ったって別にそう言う事になろうとしている訳じゃないのかも知れないじゃないか。
あ、あれだ、お母さんと喧嘩でもしてプチ家出のホテル代わりに泊まるだけだったりするのかも)

僕は頭の中で色々な事を考えてみたがまともな答えなど出る筈もなかった。

「あたし達、付き合ってる、よね?」

沙希ちゃんが確認するように僕に言う。

(え?付き合ってたの?)

何度も言うが、今まで女性と付き合った事がない僕には沙希ちゃんとの関係が彼女、彼氏の間柄だとは思っていなかった。

沙希ちゃんと初めて会ったのが四ヶ月前。

それからは月に2、3回会って映画観たり、ご飯食べたり、メールしたり、長電話したり。

ここで僕はハッとなった。

(どうみても恋人同士ですよ!)

賑やかになってきた居酒屋『とり蔵(ぞう)』の僕らが座っているテーブル席だけに沈黙が流れている。

看板娘の沙織ちゃんはさっきから忙しそうに動き回っていた。

僕の飲みかけている生ビールの入ったジョッキの水滴が一つ二つと流れ落ちる。

沙織ちゃんが僕らのテーブル席の側を通り掛かる。

「ちょっと!辛気臭いよココ!営業妨害する気?そんな人は帰った、帰った!おとーさん!ココおあいそだって!」

「ちょ・・」

奥から「あいよ!」と親父さんの大きな声が聞こえた。

僕は沙織ちゃんの顔を見た。
口元が動く。

(が・ん・ば・れ)