しかしゲームは動かなかった。
どんなに大きな声でコールを送ろうが、身体全体で応援する意思を示そうが、1点を守り切る為に『引いた』京都のゴールは遠かった。
ゴール裏のサポーターのフラストレーションは溜まる一方だ。
次第に選手を野次る者までが出てくる。
「お前ら!本当にJ1行きたいのかよ!」
「前に行けよ!前に!」
「もう!止めちまえよ!」
見ると、一人の男が口角に泡を飛ばすようにして野次っている。
その野次は段々とエスカレートしていき、聞くに耐え難いものとなっていった。
(初めて見る顔だな・・)
「あの野次はちょっと酷いですね。注意してきます!」
「ダメだよ!勇次くんが行く事ないよ!」
「だって小さな子供もいるんですよ。誰かが注意しないと!」
僕と沙希ちゃんの言い争う声にびっくりしたのか、千尋ちゃんが両耳を塞(ふさ)いだのが見えた。
「千尋ちゃん、ごめんなさい。もう言い合ったりしませんから・・」
「千尋ちゃん、ごめんね。怖かった?もう止めるね」
僕らは千尋ちゃんを必死になってなだめた。
しかしその間も男の野次は続いていた。
と、それに業を苦(にが)したのか、ゴール裏の中央から結樹さんと若い男性らが野次を飛ばし続けている男に駆け寄って行く。
複数のサポーターに詰め寄られた男は、身振りで『わかった、もう止めるよ』と言った風な態度を示し、その場は何とか収まった。
ゴール裏の混乱は収まったが、ゲームに動きは見られない。
相変わらずに相手ゴール前までは攻めてはいるが、一向にゴールの匂いはしなかった。
そして試合はそのまま終わった――。
勝てば首位と言う試合も京都に0−1と敗れ、大分トリニータは5位に順位を落としてしまった。
市陸に詰め掛けた7,000人以上のトリニータサポーター達はがっくりと肩を落とし、競技場を後にして行った。
肩を落としいるのは何もサポーターだけでは無い。
試合後にゴール裏に整列した選手達の表情も一様に固くなっている。
応援してくれたサポーター達に礼をして引き上げて行く選手達に向かって、あの野次の男が再び何かを叫び出した。
そしてとうとうその男はフェンスを乗り越えた――――。

