僕は愛おしむように彼女の髪を撫でながら言った。

「沙希ちゃん、僕はこれからまた12時間車を運転しなくちゃならないでしょ。だから今は体力を温存しておきたいんですよ。分かって下さいね」

ベッドから立ち上がり、洗面所へ向かう僕の背中に彼女は浴びせるように叫んだ。

「んもー!ケチっ!!」






朝食はレストランでのバイキング形式の物だった。
フロントのクロークに荷物を預けバイキングの列に並ぶ。

僕は和食を中心に、彼女らは洋食の物を中心にトレーの上に乗せてゆく。

名札の置かれたテーブルに座り、三人揃うのを待って「いただきます」。

僕の正面に座った沙希ちゃんは少し膨れっ面だ。
僕が朝の『挨拶』をしなかったのが不満だったらしい。

僕はそれに構わず朝食をいただいた。

「ちょっと二人とも辛気臭いわよ?なんかあった?」

「何にも無かったから怒ってるんですっ」

「はあ、そうですか・・」

それからは誰も口を開こうとはしなかった。
ただもくもくと朝食を摂ってゆく。

ガタンと音を立てて沙希ちゃんが立ち上がり、再びバイキングの列に並ぶ。

「勇次くん、何にも無かったの?」

名山さんが声を潜めて聞いてきた。

「まあ何にも無かった訳ではありませんが・・」

そこへさっきと同じくらいの量をトレーに乗せた沙希ちゃんが戻ってくる。
今度は牛乳が二本乗っていた。

「良く食べますね」

「悪い?あたし怒るとお腹が空くの!」

名山さんが責めるような目で僕を見ていた。





ホテルのフロントでチェックアウトを済ませ、預けていた荷物を受け取ってエントランスにステーションワゴンが来るのを待っていた。

「勇次くん、これ私の分。足らないかもしれないけど・・」

そう言った名山さんの手には三枚の諭吉さんがあった。

「いえそれは良いですよ。どうせついでだったし、名山さんのお陰で退屈せずに済みましたから」

「そんな、悪いわ・・」

「いえ、本当に・・」

その時沙希ちゃんが名山の諭吉さんを引ったくるようにして取った。

「じゃあ、あたしが預かっておきます!二人とも無職のくせに格好つけてる場合じゃないと思うんですけど!」