お家に帰ろう。

「明は寂しいのか?」


テニスを辞めると言いだす明に、父親がたずねるが、
それは違かった。


「てっちゃん、あたしと仲良しだって皆に言われるのが嫌なんだって。それでテニスを辞めちゃったの。すごく上手なのに。だからあたしが辞めた方が良いと思って…」

「なるほど。でも、明もテニスが好きなんだろ?」

「はーちゃんやてっちゃんみたくは上手くないから。…ピアノ…やろうかな…」

「!ピアノ?」

「せっかくあるのに、はーちゃんピアノ弾かないし。」

「…そーだなぁ。」


誰かのためになるわがままならばと、両親は明の好きなようにさせた。


しばらくして、哲司はテニススクールに戻り、
あっという間に、遥と同じクラスへと上がった。


その間、明はピアノ教室に通う訳でもなく、
遥が習っていた頃のテキストを見ながら、独学で練習していた。


しまいに、楽譜などなくても、
何度か聴けば、なんとなく曲を奏でることが出来る明の耳に驚いた母親は、
その才能を活かしてやりたく、ピアノ教室を探したのだが、
“高学年になって、1人で通えるようになったら、またテニスをやりたいから”と、断る明の気持ちを汲んだ。


「いいよ。お母さんが送り迎えするから、もう一度テニスしよう!」

「いいの?」

「そのかわり、ピアノも続けるって約束するならね!」


そして、息子のわがままに引け目を感じていた哲司の母親が、
時折、上條家に来ては、
明にピアノを教えてくれていた。