お家に帰ろう。

「ねぇ…どーする?」

もう、テニスどころではない林の前に、立ちはだかった明は続けて言った。

「それとも、あたしじゃ不満?」

「…そーじゃなくて!…」

「じゃ、目つぶって!」

「あ、う、うん。」


なんだかんだ言っても、素直に応じるところが、高校1年生といった感じだ。


そして明は、
あの日、屋上で見た将人の彼女を思い浮かべ……彼女になりきり、林の唇に自分の唇を重ねた。


唇が触れるまでのあいだ、
明が頭に浮かべていたキスの相手は、
紛れもなく将人だった。


軽く目を開け、林の顔が見えた、その途端、急に我に帰った明は、思わず前歯をぶつけてしまった。


「うぐっ!」

「ん…ごめんなさい!」

「だ、大丈夫。」

「…あは…失敗だね。」

「…なんとなく…分かったよ。」

「!…そう?」

「ん。…ありがとう。」

「あ…こちらこそ…。(あたしは何がしたかったんだ?)」


そんな二人の間を、ぎこちない空気が流れていた。


「じゃあ…帰るね。」

「あ。送ろっか?」

「なんで?」

「少し、いつもより遅いみたいだよ。」

「え!ヤバッ!大丈夫!じゃね!バイバイ!」


顔も見ぬまま、慌てて引き上げて行く明……………
気まずさから逃げるのには丁度良かった。