遠まわりな初恋

「人の顔やら、道順やら覚えるのが得意なキミが、覚えてないなら、知らない人で決定じゃない?」
「そう、だよね・・・」
 にしては親しみのこめられた挨拶だったように思う。まるで距離の近い友人に声をかけるような、あるいは・・・そう。
 恋人に向けるような。
 思わずそんな想像をしてしまって、慌てて打ち消した。
「あー、ちょっと! 何赤くなってんのよ」
 そんなにいい男だったの、と聞かれるが顔などはっきりと覚えていない。ただただ、自分を見つめるその視線の強さだけが印象的だった。
「や、顔は・・・あんまり覚えてないんだけど・・・」
「じゃあリサの『王子様』ほどには印象強くなかったってことじゃん」
 王子様。
 その単語には少し、抵抗があるが確かにそんなものなのかもしれない。
 理沙には、幼い頃に出会ってこの方、今でもずっと忘れられない人がいる。
「その『王子様』ってのやめてってば」
 どこかこそばゆいその呼び方に、苦笑まじりに抵抗すれば、あっさりと事実でしょと返ってくる。
「そんな小さい頃の想い出の中の人じゃあ、散々美化されて『王子様』辺りが適当な表現よ」
「否定はできないけど」
 小さいころに出会って、別れたきりでその後、消息すら定かでない人物。顔などもちろんおぼろげにしか思い出せず、それでも優しい雰囲気を纏った少年だったのは覚えている。
 喘息持ちだった理沙が、中学に上がる寸前、一時期入院していた病院の中で出会った彼は、院長の次男坊で、健康体そのものの元気さであちらこちらを駆け回る姿がとても羨ましかった。病室の窓から見える中庭で遊ぶ彼の姿は、秋の寂しげな色の空の下でも眩しくて、よく時間の経つのも忘れて眺めていたものだ。
 少年が病室からの視線に気がついたのは、木々の葉が落ち、冬が玄関の扉をノックしようかと迷っているような曇天の日だった。