「リリイっ!」
 鬼気迫る声が飛んでくる。
 決して交通量が少なくはない道路を、ガードレールを乗り越えて駆けてくる姿がぼんやり視界に映った。
 けれど、それを境に自分の体が傾いでいく。ぐらりと地面との距離が近づいた瞬間。
「そこをどけ!!」
 周りにできた人垣をなぎ倒す勢いで強い腕に引き戻された。次いで、髪の毛が頬を叩く勢いで揺さぶられる。
「しっかりしろ、リリイ! 今助けてやるから!」
 それだけ言うと、携帯電話でどこへやら電話をかけている。それを聞き取るだけの力はなく、ただ荒い息でその様子を見返すし

かできない。ほどなくして、救急車らしきサイレンの音が聞こえてくる。
 到着した車から降ろされるストレッチャー、そこへ横たえられて乗り込む時にも、当然のように同乗してくる彼に疑問は感じな

かった。
 ただのクラスメートだけれど。
 ただの、クラスメートじゃないから。
 扉が閉められて、車内と外界が閉ざされると、しっかりと手を握られ、それが合図のように車は走り出した。
「リリイ、リリイ、しっかりしてくれ・・・」
 すっかり慌てた声に、倒れているのが自分であることも忘れて笑みがこみ上げてきた。じんわりと涌く温泉のような暖かいそれ

に、抵抗することもなく表情を崩すと、目の前の顔が驚きに目を見開くのがわかった。
 その顔を見て、思う。
 やっぱり貴方だったんじゃない。
 あたしのこと、『リリイ』なんて愛称で呼ぶの、貴方以外にいないじゃない。
 大好きよ、貴方。
 でも、お願い。今は呼ばないで。
 あの子のこと、名前で呼んだその声で、私を『リリイ』と呼ばないで。
 そう言いたいのに、言葉になったのは小さな「お願い・・・」という一言だけで、あとはただ暗闇に引き込まれてゆく。
 焦る声が徐々に遠くなっていくのを聞きながら、言葉にできない代わりにせめて。
 握られた手の平の熱を離さないように、ぎゅっと力をこめた。