種のない花(15p短編)

 安っぽいホテルで、足を開いた女が誘う。

「ねぇ、早く」
「もう我慢できない」
「今日安全日なの」

 安全日?
 俺なんか365日安全日だよ。
 これからは生で中出しし放題じゃないか、最高だな。
 増田なんて泣いて羨むんじゃないか。

 何のリスクも伴わない生での挿入に、心理的興奮はなかった。
 忙しなく機械的な動きを繰り返した後、急に不安になって腰を引く。


「もう、何やってんのよ」


 苛立ちを隠さない女の声に急かされながら、俺は今更ゴムを被せていた。


 万に一つの可能性を恐れて?
 違う。
 知られるのが怖かった。

 お前は男として役に立たないと、生物として欠陥品であると。
 その事実を突き付けられるのが、何より怖かった。



 今更思い出す。
 幼い頃ヘビースモーカーだった筈の父が、ある時期を境に急に煙草を止めた事。
 俺と梨果の付き合いを知っていながら、一度も避妊に関して咎められなかった事。

 知ってたんだ。
 全部知ってたから。


 悔しくて、情けなくて、惨めで。
 萎えそうになる体を叱咤した。
 女がイって、俺もイって、金を置くとシャワーも浴びず、最低限着衣を整えて飛び出す。

 生ゴミの臭気が立ち込める路地裏で、吐きながら泣いた。
 不妊の話を聞いてから、初めてだった。