デュークはその本名を、ルイ・ド・ブルボンといい、ブルボン家の宗家コンデ親王家の嗣子(あとつぎ)である。

従って現国王ルイ十三世とは叔父と甥の間柄となり、親王(プランス)の敬称をつけて呼ばれる王族の筆頭でもあった。

が、貴族たちをも含めて人々は彼を本名で呼ばずに、

公爵の中の公爵という意味で愛情と崇敬をこめて、

英国風にデュークと綽名(あだな)していた。


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 近衛銃士に先導され、王宮へと馬を進めながらも、デュークは、ともすれば考えが憂鬱なもの思いに傾きがちなのを制止できないでいた。

 目の奥にかすかな痛みのようなものを感じて、デュークは手を額に持っていった。

ゆうべの夢の幻影が、瞼の裏にまだかすかに残っていた。

 幼い頃からときおり夢に見る、長い金色の髪の美しい女性。

 彼女は決まって荒野の真ん中に浮かんでおり、悲しそうなまなざしをして、

訴えかけるようにこちらを見つめながら、なにも言わずにかき消えてしまうのだ。

どこか遠い異国の見慣れぬ衣装を身にまとっているが、

確かにどこかで会っているという記憶があった。

しかしその人が誰なのか、どうしても思い出せない。

その人は早逝した母には似ていなかったし、今までに出会ったどの婦人でもなかった。

 その夢はたいがい、憂鬱な出来事の続いた時に現れる。

 そしてそれを見た後は決まって、目の奥にかすかな痛みが現れて、寝の浅い、胸苦しい日が幾日か続くのであった。

(なんだかひどくいやな予感がする)

 彼は胸の内で呟いた。

その予感というのは、ロレーヌを発って以来ずっと、彼の心の奥にくすぶっていたものであった。

 それはパリへと近づくに連れ、どんどんと黒い染みのように広がっていった。

 はじめは漠然とした感覚にしか過ぎなかったものが、今やはっきりとした確信に変わりつつあった。

――パリでなにやら、予想もつかない大変な事態が、自分を待ち受けているらしい。

 彼は自分の直感を疑ったことがない。

 それは戦においてのみならず、今までの自分の人生の転機にあって、決して彼を裏切ったことはなかったからである。