金魚玉の壊しかた

「君の名は、何というのだ?」

こちらだけ本名を呼ばれるというのも、何だか不公平だ。

「俺はただの遊水だぜ」

遊水はしれっとそう答えた。

「母君が呼んでいた名が──あるんじゃないのかい?」

私は異国の言葉で会話していたという、さっきの話を思い出して

おずおずと言った。


すると、


遊水は不意に
かげりを帯びた目つきになり、どことも知れぬ虚空に視線を這わせた。

「忘れたよ」

と、その唇が動いて静かな呟きが放たれた。


苦しそうに、
切なそうに、歪められた表情は──


「……思い出せないんだ」


──泣き笑いのようで


「悪いな、君にその名を教えてやることはできない。

どうやっても、もう俺はその名を思い出せないんだ、亜鳥……」


彼の声と、その瞳が胸に焼きついて──


私の心臓は、これでトドメを刺されたようだった。




円士郎の大馬鹿者……!!

もう一度、
恨めしい思いで、

私は心の中で一人そう毒づいた。