金魚玉の壊しかた

その日、遊水は、

「絵師先生、あんた名前は?」

私を見上げてそう尋ねた。


「昨晩、円士郎殿が言っていたのを聞かなかったか? 佐野鳥英だ」

「そいつは、絵師としての雅号だろう?
俺が知りたいのは──あんたの『名前』だ」


私は、

ためらった。


私の名は──雨宮の娘としての名だ。

武家の女の名など、知れ渡っているとも思えないが……。


「言いたくなかったかい?」

私が言い淀んでいると、

遊水は、これを私の「境界線」と判断したのだろうか──


「すまねえ。今のは忘れてくれ」

と、そう言って──



「アトリ──亜鳥だ」



私は、自分の本名を名乗った。



「亜鳥……」

遊水が私の名を口にして、


私は全身が粟立つような感覚に襲われた。


自分の名を呼ばれて、こんな気分になったのは初めてだった。



「Ainm alainn.」

と、異国の言葉で彼はそう続けた。

またあの響きが含まれていた。


「綺麗な名だ、と言ったんだよ」


戸惑う私を、緑色の瞳は流し見る。


「Alainn……『美しい』とね」