金魚玉の壊しかた

まったく笑える話だと思った。

こんな死にかけた状態で紹介されるとはびっくりだ。


つくづく──結城円士郎の周りは、非常識と非日常に満ちている。



円士郎たちが立ち去って、しんと静かになった長屋に男と二人きりになり……

もはやすっかり絵を描く気分でもなくなっていた私は、自分ももう寝るかと横になって──



──急に、不安になった。



男は眠ったきり、ぴくりとも動かない。

死んでるなんてことは──ないだろうな。


慌てて、男が息をしていることを確かめ、脈をとって……


私が眠ってる間に死なれたら大事だ、と思い当たる。

初めて、重症の者を引き受けるというのがどういうことか理解した。



つまり、私は──寝ることもできないってことじゃないか!



人命がかかっている状況でそんな風に憤慨してしまって、
虹庵先生のように医師にはなれないなと一人で苦笑する。

我ながら随分と薄情だが、悪く思わないでくれよ、と男の寝顔を見下ろして胸中で呟いた。

この男がもっと私に親しい者だったら、少しは違うのかもしれないが……。


そんなことを考えながら、濡らした手拭いで男の額の汗を拭いてやったりしつつ、明るくなってゆく窓の外を眺めて過ごし──


「……──……」

男の声で、ハッと目を覚ました。

いつの間にかウトウトしてしまっていたらしい。


声をかけようとして──

男が目を閉じたままなのに気づく。

「……Na bhais──……」

うわごとのようにその口が動いた。


その言葉は、謎めいた呪文のようで──


「……Maime──Le do thoil……nach……n-aonar dom……」


彼が何と言ったのか、私には聞き取れなかった。