円士郎や後ろの少年に怪我をしている様子はない。
とすれば返り血だが……円士郎の着物をどす黒く染めている血の量は半端なものではない。

これだけの血を流した者がいるとすれば──生きているとも思えなかった。


唯一、円士郎の肩でぐったりしている町人風の男は腕を怪我しているようで、破れた着物に血が滲んでいるが、

その程度の出血の者を運んだくらいで、円士郎がここまで血まみれになるとはとても考えられない。


何事かと問いただそうとすると、円士郎は言葉を濁した。

何かワケありのようだ。


ううむ……。


ここは、君子危うきに近寄らず──かな。
とりあえず、余計な詮索はやめておくことにした。



「こいつ、毒にやられてんだ」

円士郎は担ぎ上げていた町人風の男を床の間に下ろしながら、
いつもよりやや緊迫気味の声でそんなことを言った。


「毒だと?」


血まみれの円士郎に、毒にやられた町人?

私にはますますもって、何が何だかわからない。


円士郎の肩から下ろされた男は荒い息をしていて、床の上で動こうとしない。


「何の毒だ?」

「それがわかんねえから、あんたに突き止めてほしいんだ!」


円士郎は私にそう言うと、自分は虹庵を呼びに行くと壊れた戸口から飛び出していってしまった。



相変わらず晴天の霹靂のような男だった。



美少年と、床に転がった男とを前にして、
見知らぬ者とその場に取り残された私は一瞬呆然として──


円士郎のせっぱ詰まった様子と、

あんたに突き止めてほしいんだ! という言葉を思い出し、


何だかわからないが、その困窮した状況で
彼が私を頼ってきてくれたのだという事実が嬉しくなった。

同時に
彼の期待に応えたい、という思いがわき起こる。


私が囓って育った本草学には、確かに毒草や鉱物毒に関する知識の記述も多くある。


とにかくどんな症状なのか見極めようと、
私は絵の道具をよけて男を寝かせる場所を作った。


すると、それを見ていた男が、掠れた声で謝ってきた。



「悪いね、夜中に突然」



それが、私が初めて聞いた彼の声だった。