「佐野鳥英という絵師はそなたか?」

遊水が持ち込んだ私の絵を気に入ったという武家の人間だろう。

遊水が去った後、私の長屋を立て続けに四、五人の武士が供を従えて訪れて、絵の依頼をして行った。


それから数日後、雨宮家から呼び出されて、久々に屋敷に戻った私を待ちかまえていたのは、満面の笑みを作った母や兄、叔父たちで──


「お前に縁組みの話が来たぞ」


彼らは感涙を流さんばかりの喜びようで私に言ったのだった。
実際、母は喜びの涙にむせび泣いていた。


「しかも、だ。まあいずれも雨宮の家よりは家格は劣るが、奉行の柴山殿、番頭の坂倉殿の御嫡男、それになんと中老の泉殿のお三方から同時に、是非にとの話が来た」


私はぎょっとした。

全員、私の長屋を訪れて、私に絵を依頼していった者たちで、
それも家人ではなく「このような絵を若いおなごが描くとは」と興味津々で本人がわざわざ出向いて来た三人だった。


「今までが嘘のような引く手数多の状態だ。いったい何があったのかのう」


年で涙腺が弱くなっていたか、ついにこちらも涙を流し始めた叔父に向かって、私は説明した。


「どのお方も私の長屋に絵を依頼にいらっしゃいました。私は本名を名乗りませんでしたが、その後で私の素性をお調べになったのでしょう。
私の絵を気に入って下さったと思っておりましたが……気に入ったのは絵ではなく私のほうだったご様子ですね」

「なんと。そのようなことが」


後半は大いに皮肉を込めて口にしたのだが、叔父はでかしたと無邪気に手を叩いて喜び、


「町人や絵描きの真似事がこのような幸運を呼び込むとは。何が吉と出るかわからぬものだのう」


と言った。