「波楠、オレのブレザー知らないか!?」


「わたしが知ってるわけないでしょ!早くして、沙音まだ歯磨いてないの?」




ここは都会のど真ん中、高級住宅街。そのど真ん中にある、相知グループの実家は東京ドーム6つ分ほどの敷地を持ち、そのまたど真ん中に城のような家が立っている。


きょうは、波楠・沙音の通う学校の衣替えの日。波楠の制服はほかのひとがクリーニングを済ませて用意しておいたのだが、沙音は自己管理のためさっきからずっとこの調子である。




「あ、あったー!」


「もう。遅刻とか許さないんだからねっ」


「オレの唯一の自慢できることは、健康だけだからな。遅刻はあり得ねえ」


「なに悠長なこと言ってるの!あと5分で出るからねっ」




バタバタバタ、と走り回る沙音と反対に、余裕のある動きをするのは、波楠の兄・早楠。スーツを着て、コーヒーなんか飲んでいる。




「波楠、OKだっ」


「お兄ちゃん、行ってきます」


「行って参ります、早楠さま」


「行ってらっしゃい、気をつけて」




沙音はぺこりと頭を下げて、バックをふたつ手にし、波楠の後ろを追いかける。波楠の亜麻色の長い髪が揺れている。そしてその後ろに、背筋がピシッと伸ばして歩く黒髪の沙音。ふたりの後ろ姿を見て、早楠は「あっ」と声を漏らした。




「波楠、沙音。帰ったら話があるんだ。夕飯までには帰れよ」


「なぁに、話って。怖いな。うん、分かった」




波楠は振り返りそう言うと、すぐに玄関へ向かう。沙音も「了解しました」とだけ言って、波楠のあとを追った。ひとりになった早楠は小さく呟く。





「先に会うのは、君たちかも知れないね」