王宮の地下から伸びる複雑な通路を、完全に把握している者は、一人もいないと言われている。

第一王宮から伸びる地下通路は第一王宮の関係者が、第二王宮から伸びる地下通路は第二王宮の関係者が作ったものだ。

第三王宮から伸びる地下通路はカリノ家につながっていたが、途中には複数のトラップがしかけられていて、知らずに通れば命を落とすことになる。

イリアはグノーによってカリノ家に運ばれ、そのまま地下室に監禁された。

最低限の調度がしつらえられた地下室で、焼けるような背中の痛みに耐えながらベットにうつぶせになっていると、少女の白い指先が伸びてくる。

頬にかかる髪をそっと指先ではらい、額に滲んだ脂汗を柔らかい布で拭った後、紫の双眸がじっと顔を覗き込んできた。

「・・・何を見ている」

眠っていると思っていた相手が不機嫌な声を出したものだから、ユーリはにわかにうろたえた。

けれども漆黒の瞳と目が合うと、ほっとしたように微笑んだ。

「痛み止めの薬の調合をお医者様にお願いして変えてもらいました」

大切そうに差し出された器の中には、赤緑色のどろどろした液体が入っていた。

(部屋を満たす悪臭の原因はこれだったのか)

無駄なことだとあれほど言ったのに、ユーリは決して諦めない。

毒に慣らされた身体には、痛み止めも化膿止めも意味をなさない。

カリノ家お抱えの医者の手で、傷はきれいに縫合されたが、治りは遅いのはそのせいだ。