電車の鼓動がする。

メトロノームより軽快で、
石畳の馬車より暖かく、
心地よい、線路の旋律が響く。

「ユリ・・。」
勇気を出して顔を上げてごらん、と、
ユリツキは言いたかった。

顔を上げる優里。
長い睫毛が、
水分の重さに耐えられず
折れてしまいそうな陰りを見せる。

ユリツキが、最後の、自分の、
過去の物語を切り出す。

「小学六年生の頃、
まだ、万引きやら、
車上荒しやら、
賽銭泥棒が大人達にバレていない頃、
大人や先生達は俺を
真面目で大人しい良い子だと
思っていた。
あんな非常識で最悪な
父親と母親の元で・・
貧乏な家でよく、
スクスク育っているものだと、
かつて大人達は感心していた。

だって、しょうがないよね。
同じ歳の子供達に虐められ
罵られていたんだから、
捻くれるとかグレる前にまず、
微笑むことしか出来ないもんね。

やたらと笑顔を見せることが
防御だったんだからさ。

笑っていれば、
他人や、
大人達は安心するんだと思ったけど。

その反動かどうかかだったか
分からないけど、
家の中では一言も笑わなかった。