先生は着流し姿になっていて、掛け軸を背に目を閉じている。寝ているわけではない、と思う。

あ、目を覚ました。先生って意外とまつげ長いんだな。一重だけど。

「カシラ」

「あ、おはようございます」

「? おはよう」

何言ってるんだ私……

「頭、説明できる?」

「えと、普通の説明でいいんですよね?」

「普通以外に何があるんだよ」

「はい。じゃあ私から説明させていただきます。茶道には亭主に茶器の作と銘を問い、亭主がそれに答える行事があります。それを"拝見"と呼びます」

「サク?」

葛木萌が言った。

「メイ?」

奇しくも自らの問いと同じ名前である香山芽衣が言った。

「行事って。いいけど。作っていうのは作者、器を作った人。銘っていうのは、まぁ名前だね」

2人の問いに答えて、先生が私の言葉に説明を付け加える。

「茶器に名前があるんですか?」

「なんでもいいんだけど。今、季節や風景を連想させるような名前を、そう。つけてやる、かな」

芽衣が聞いて先生が答えた。

「頭、手本を先に見せるから。亭主やって」

「はい、あ」

作者が分からない。あわてて先生を見る。と、目が合った先生が近づいてきた。

「……!」

思わず身を固める。雨城先生は私の耳元に口を寄せて、作者の名前をぼそりと告げた。

きっとほかで見ていた誰にも、何をしたのかは分かるまい。

先生が手本を見せた後、新入生の芽衣と萌がその真似をした。私の真似を、ひとつ下の後輩達がした。

先生はその間うろうろと彼女たちの間を回って、

「ほらほら、リラックス。お茶を楽しみなさい」

なんて肩に手を置いたり、

「姿勢。首落ちてる。引っ張ってあげようか?」

なんて本当に引っ張ったりしていた。

「この茶杓は結構に貴重な品でね、それなりに高名な人物の作なんだよ。歴史を知れば名も知れる。その人物の人生に思いを馳せる。生まれや故郷、家族。その心を継ぐ。そういったものがこの"拝見"には意味づけられているんだ」

そんなんだから勘違いされるんだよ。

私は言わなかった。

言えるわけがない。

どこか遠い、その光景を見ながら雨城先生が耳元で囁いた声が、未だに耳で残響だ。