だから君に歌を

じわりじわりと千夏の中に芽生える気持ち。

そんなものを解消できずに、ただ溜め込む一方で、

あっという間に年を越して、月日は流れた。

「もうそろそろね。来月に入ったら入院しましょうか」

相変わらずピンクに彩られた温かな雰囲気の診察室で先生が穏やかに言った。

臨月の大きなお腹を抱えた千夏は一人診察室の椅子に座って自分のお腹を見つめた。

「お兄さん、今日は一緒じゃないのね」

先生はそんな様子の千夏に笑いながら尋ねる。

「兄は、店の準備で忙しいみたいです」

店のオープンは来月に迫っていた。

「そう。ご両親の残してくれたお店だったかしら?」

「はい。小さくて古い、全然たいしたことない店なんですけど」

「…素敵な人ね。千夏さんのお兄さんは」

先生の他意のない言葉に千夏の胸はちくりと痛む。

千夏が京平に気持ちを伝えそびれたあの夜以来、
千夏と京平の関係はぎくしゃくしている。

京平は相変わらず優しくて、千夏を心配し、千夏のためにと色々してくれるけれど、
どこか千夏に遠慮しているふしがあった。

気を使っている、
と言った方が正しいだろうか。