「いい加減にしろ!」
青い顔で叫ぶ夫の背中に、私は震える声で呼び掛ける。
「……あなた」
「出来ないと言っているだろう!!」
「あなた!!」
「娘は……関係ないだろう!」
怒りに震える夫にわたしはすがりつく。
「あなた、やめて!!」
「ふざけてないで、娘を返せ!!」
夫の怒鳴り声が聞こえた時、受話器の向こうから娘の泣き声が聞こえた気がして、わたしは必死に受話器に手を伸ばした。
”ママ、助けて……痛いよ……”
「メイーーーーー!!」
娘の名前を叫びながら、夫の手の中の受話器を奪うように取る。
「なんでもします!だから、どうか、どうか娘の命だけは……!!」
『クク……奥さんかい?アンタの旦那はそんな風に思ってはいないみたいだぜ?』
からかうような愉快そうなその声が受話器の向こうから聞こえた時、一瞬にして私の全身を恐怖が駆け抜けた。
メイは、あの子は今……どれだけの恐怖と闘っているのだろう?
「メイ!メイを返してーーーー!!」
取り乱すわたしから夫は受話器を取ると、絞り出すように悲痛の声を零す。
「やめろ……やめてくれ……出来ない、出来ないんだ、そんなこと……出来るはずがない……!!」
「あなた!!お願い!お願いよ、メイを、メイを助けて……あなた!」
わたしは狂ったように必死に叫んだ。
「お前達の要求なんて……!我々国連は、お前たちみたいな『悪』に屈する訳にはいかないんだ!」
「あなた!メイを……あなた、あなた――――!!いやあっ!!」
受話器の向こうで銃声が聞こえた。
何が起こったのかわからぬまま言葉を失った私達の耳に、やがて通話切れの機械音だけが不気味に残る。
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