桜の下で ~幕末純愛~

八月に入った半ば頃。

土方は頭を抱えていた。

「やってくれやがった。もう我慢ならねぇ」

大和屋焼き討ち事件―芹沢一派が焼き討ちを宣言した後、本当に大和屋を焼き払ってしまった。

その頃、桜夜も部屋で頭を抱えていた。

大和屋焼き討ち…また言えなかった。

この後に起こる事は?

政変、局中法度、芹沢鴨暗殺、池田屋事件、山南さんの脱走、油小路事件、鳥羽伏見の戦い

私が覚えてるのはこの位か…。

油小路事件って誰か新撰組に入って来て起こるんじゃなかった?

鳥羽伏見の後があまり覚えてないや。

確かもうじき新撰組の全盛期…あとは堕ちるだけ…。

全盛期って言っても起こる事は悲しい事ばかりじゃない。

山南さん…平助くん…

総司………

池田屋で血を吐くんだよね?

違う説もあるらしいけど池田屋の説が一番有名だ…。

結核…この時代では労咳か。

私には何一つ止められないの?誰も救えないの?

私は総司の最期が見たい?

逃げ出したい?

分からない…

誰でもいい、誰か私の記憶を消して欲しい。

…泣きたい。

桜夜はフラリと庭に出て桜の木の下に座り込む。

木登りする気にはなれないや…。

今日は総司が外に出ててよかった。

こんな顔で総司には会えない。

「なんて顔してやがんだ」

声と共に土方が現れた。

「土方さん…」

「ひでぇ顔だな」

「元々ですよっ」

土方は桜夜の隣に腰を下ろした。

ひじぃがこんなトコに座るなんて…。

「どうせまた落ち込んでんだろ」

「………」

「お前の事だ、大和屋の事を言えなかっただの何だのってよ」

「何で分かっちゃうんですかね…」

桜夜はため息をついた。

「ひでぇ顔だって言っただろ。分かりやすいんだよ、お前は」

私、そんなにひどい顔してんの?

「前にも言った筈だ。お前が言えないのは仕方ねぇとな。誰かお前を責めたか?」

桜夜は首を振る。

「ならそんな顔するもんじゃねぇ」

「…責めてくれた方がマシです」

「稲葉…」

「責め立てて追い出してくれた方がまだマシです」

土方は桜夜の頭に手を置くとそのまま顔を引き寄せた。

「ひっ、土方さん?」

「泣きてぇんだろ」