桜の下で ~幕末純愛~

六月に入ると幕府軍は長州制圧に動き出した。

―第二次長征戦―

しかし薩長同盟が組まれた事により薩摩藩の協力が得られない。

状勢は思わしくなかった。

それでも新撰組出陣の命が下る事がなく、皆の不満は募るばかり。

そんな折り突然の訃報が入る。

七月二十日、徳川家茂が大阪城で急死した。

ひと月後には家茂の喪が発せられ、結局新撰組に出陣命令が下る事なく休戦となる。

幕府軍は勝利を得られぬままに撤退を余儀なくされた。

この事は幕府の威信の失墜を意味し、時勢は討幕へと傾いていった。

「くそっ」

土方は苛立ちを募らせる。

幕府側に居る新撰組には成す術がなかった。

桜夜は胸を痛めた。

知ってても知らなくても辛い…。

言えない辛さもあるけど…覚悟ができる分、知っていた方がよかったのかな…。

次の将軍って…もしかして…徳川家最後の…

徳川って15代までだよね?徳川家茂って何代目?

…ううん。聞かなくても分かる…。きっと次が最後の将軍だ。

船が沈みだした…。沈没するのを待つだけ…。

そして桜夜の心痛に追い討ちをかけるかの様に沖田が熱を出した。

「総司、どう?」

不安を隠しきれない桜夜。

沖田は閉じていた目を少し開きクスリと笑う。

「心配し過ぎですよ。然程熱も高くはないですから、少し寝ていれば治ります」

鎮痛剤…あと2錠……。

カバンを包んである風呂敷を見つめる。

どうしたらいい?

松本先生を呼ぶ?総司はきっと許してはくれないよね。

松本良順。昨年から新撰組を診てくれている医師だ。

そんな桜夜を見て沖田が釘を刺す。

「松本先生はダメですよ。バレてしまいますから」

やっぱり…

「分かってるよ…」

じゃあ、私はこうして見てるしか出来ないの?

桜夜は布団の脇で俯く。

膝の上で固く握りしめた桜夜の手に沖田の手が添えられた。

発熱で熱くなった手。

「桜夜が傍に居てくれるだけで安心して眠れます。此処に居て下さいね」

こんな私に総司は存在意義をくれる。

「飽きるくらい貼り付いててあげる」

「治りたくなくなりますね」

沖田は小さく笑うと桜夜の手を握ったまま眠った。

沖田の熱は三日間続いた。