桜の下で ~幕末純愛~

十一月に入り、藤堂が帰ってきた。

藤堂が隊士を募り、連れ帰った者の中に【伊東甲子太郎】が居た。

その腕と学識は高く買われ【参謀】の役職に就く。

日が経つに連れ伊東の学識に心酔していく隊士も少しずつ現れ始めた。

伊東甲子太郎…。何か覚えのある名前なんだけど…。んー、思い出せない。

つーか、あの人、生理的に受け付けないみたい。ただのエロオヤジにしか見えないもん。

「稲葉さん」

うげっ、噂をすれば…エロオヤジ。

「はい」

桜夜はとりあえず愛想笑いをする。

「私の部屋に茶をお願いしますよ」

「はい」

何で私?チョー忙しいんですけどっ。

暇そうなオバチャンいっぱい居んじゃん。

やっと見付かった筈の女中達も噂好きで口ばかり動いている者が多く、桜夜の仕事は全く楽にはならなかった。

桜夜は渋々台所に向かいお茶を入れる。

あ、山南さんにも持ってこ。

だいぶ前から山南は部屋に籠っている事がほとんどになった。

優しい山南がなぜそうなったのか、桜夜には分からなかったが気がかりではあった。

先に伊東のところにお茶を運ぶ。

「伊東さん。お茶をお持ちしました」

「お入りなさい」

入りたくなぁーいっ!

「失礼します」

桜夜はお茶を置くと直ぐに「失礼しました」と出ていこうとした。

「あぁ、稲葉さん」

呼び止めるなっ!

「はい」

「貴女も是非一度私の話を聞きにいらっしゃい」

嫌ですっ。

「機会があれば…。失礼します」

桜夜は逃げる様に伊東の部屋を後にするとそのまま山南のところへ向かった。

「山南さん、居ますか?」

少しの間があり、山南の声がする。

「桜夜さん?どうぞ」

襖を開けると、変わらない優しい笑顔で迎えてくれた。

「どうしたんですか?」

「お茶、持ってきました。あとは口直し、と言うか…目直しです」

桜夜がそう答えると山南はクスリと笑った。

少しだけ山南の部屋で他愛のない話をし、桜夜は仕事に戻った。

その夜、沖田が少し咳をしだした。

咳?まさか…。

「大丈夫?」

「ええ。風邪ですかね?」

「早く寝た方がいいよ」

ただの風邪ならいいけど…。

その夜は沖田が気になり、ほとんど眠れなかった。