桜の下で ~幕末純愛~

桜夜が目覚めたのは池田屋事件から丸一日が経過した頃だった。

目を開けると見慣れた部屋。

総司の部屋?

あっ、総司は?

「やっと目が覚めましたね」

「総司…ぐ、具合は?」

結核は?

「私は平気です。どうやら暑さにやられた様でした。蒸してましたからね、あそこは」

そう言えば他説ありって書いてあった…池田屋事件後も隊務に就いていたから喀血したとは考えにくいって…。

「桜夜にはいくつか聞かなければいけない事がありますよ。分かってますよね」

「………はい」

桜夜は布団から出て、沖田と向き合った。

「本来なら局長に報告に行くのが筋ですが…。まず、何故あの場に?私はあそこで死ぬ筈だったのですか?」

「違う。総司は史実でも戻ってきた」

「では何故」

ピアスの事は正直に言ってもいいよね?

「総司から貰ったピアスが砕けたの…突然耳で…そしたらもう走り出してた。戻ってくるって分かってたけど、気付いたら池田屋にいた…」

桜夜は髪に隠れていた左耳を見せた。

微かに擦り傷ができていた。

「もうひとつ、何故吉田稔麿を知っていたのです?」

「吉田稔麿?ううん。私が知ってるのは栄太郎」

友達を間違うはずない。

「栄太郎?何処で知ったのです?」

「私が斬られた日…、買い出しに一人で出て、帰るところでぶつかったの。それが栄太郎だった。転んだ私を助けてくれたの。そこで立ち話しして…。ここ以外に友達ができたみたいで少し嬉しかった」

沖田はため息を一つ溢した。

「桜夜の前では違う名を使っていたのですね…」

栄太郎が吉田稔麿?あそこで倒れて…死んでたのはやっぱり栄太郎…。

総司が栄太郎を…殺した…。

大切な人が友達を?

短い沈黙の後、沖田が意を決した様に口を開く。

「桜夜は私が恐ろしくなりましたか?」

沖田の言葉に桜夜は目を見開いた。

「総司が…怖…い?」

私は総司が怖い?友達を殺したから?

私が行かなければ栄太郎は死ななかった?

…総司はいつも私を守ってくれた。

怖いのは総司じゃない…。

「怖くないよ。…怖いのはこの時代…刀を持たなければ生きていけないこの時代だよ…」

桜夜は沖田の目を見つめ、そう答えた。