桜の下で ~幕末純愛~

桜の花が満開になった。

桜夜にこれといった変化はなく、変わらない日々が過ぎていく。

沖田は頻繁に夢の話を聞く様になった。

その度に桜夜は首をかしげ「変わらないよ」と笑っていた。

桜夜にとっては桜だの夢だのに構っている余裕はなかった。

もうじき六月がやってくる。桜夜の恐れている六月。

それでも季節は巡ってゆく。

そしてとうとう山崎が情報を掴んできた。

枡屋【古高俊太郎】の存在を…。

すぐさま古高は捕らえられた。

始まった…これが池田屋事件へのきっかけ…。

なかなか口を割らない古高に業を煮やした土方がいよいよ拷問を始めた。

…私が池田屋事件の事を言ったらあの人の拷問は終わる?

あの人が教えるはずの事だけを教えるだけなら歴史は変わらないんじゃないの?

桜夜は拷問が行われている筈の倉に向かおうとした。

「やめておきなさい」

部屋を出たところで沖田に止められる。

「総司…」

「桜夜の考えている事、予想つきますよ」

「…………」

「桜夜が話せば彼は苦しみから解放されるかもしれません。彼が話す筈だった事だけを伝えれば歴史も変わらない」

沖田の言いたい事が桜夜も分かっていた。

一度話せば次を求められる。

「今回だけでは済まなくなりますよ」

あぁ…やっぱり…。

「桜夜も気付いているでしょう?」

頷くしかできなかった。

「部屋に入りましょう」

沖田に促され、部屋へと戻る桜夜。

「ねぇ…私って何だろう。知ってるのに何もできない。皆みたいに強くもなれない」

暫くの沈黙の後、沖田が風呂敷に包まれていた桜夜の荷物をほどき、何かを持ってきた。

「桜夜、顔をあげて下さい」

そう言われ顔をあげると、口に何かが放り込まれた。

「飴?」

久し振りの未来の味。

「鞄の底に一つだけ転がっていたのですよ。あの時、気付かなかったでしょう?」

あの時?初めてここに来た時だ…。

「桜夜は桜夜ですよ。何かじゃない、稲葉桜夜という一人の人です」

「総司…」

「弱さなど誰でも持っています。強い、弱いで人の価値が決まるものではありません」

あぁ…ここで立ち止まってる訳にはいかないんだ…。

口の中でゆっくり飴が溶けていった。