水に燃え立つ螢

家に帰ると、携帯が鳴った。


『時任』


着信の相手だ。



「はい」

「凛ちゃん?」

「そうだよ」

「機嫌悪そうだね」


落ち着いた声。大人の男。


「そんなことないよ」

「ならいいんだ。今日から出張で、こっちに来てるんだ」



『時任』


去年の春、バイト先の店長の送別会で知り合った、32歳の男だった。

話の面白さに、大人の雰囲気に、私は興味を強くそそられる。


その夜、時任に送ってもらった。


時任は、ただ、送るつもりだったのだろう。


私が踏み出したのだ。


「好きになってもいいですか?」


時任は驚いて、火をつけたばかりの煙草にむせていた。


「凛…ちゃん…?」


切々の息の隙間に、押し出す声はくぐもっていて、聞いていても苦しくなる程。



何故、時任を好きだと思ったのか…今から思えば、些細な言葉だった。

人を好きだと思い込む程、愛に飢えていたし、温もりに飢えていた。



それは、

ただの、

寂しさから生まれた感情だと、この時は知る由もなかった。


ただ、私に笑いかけ、遠い料理を私の手の届く所へ置き、どうして女並みに気が付くのだろうと、最初は冷めて見ていた。

ジャケットを脱いだYシャツ、ネクタイ姿は、同級の男と違って色気があったし、煙草に火をつける姿は大人そのものだった。

「凛ちゃんは可愛いから、バイトの帰りは気をつけないとね」

母親の口からも出ない言葉。誰かに褒められたり、心配されたりなど、慣れない私には返す言葉がなかった。

気が付けば、時任に笑顔で応えていた。