水に燃え立つ螢

「店閉まるまでいるか!」

一路が気を遣って言ってくれる。明日は二人して仕事なのに…何時に閉まるか分からないのに…。


お客さんが引き始めた頃、父が話しかけてきた。


「初めてだよね?二人とも」

「…はい」

「二人してウーロン茶だから、飲めないのか飲んじゃいけない歳なのかどっちだ?」


悪戯に笑って、目の前のまな板を拭いた。

そんな父の腕を見ていたら、母の求めた場所だと改めて意識内に溢れてきて、我慢できなくなった。

早く伝えたくて、たまらなくて、突然堰を切ってしまった。


「あのッ…!」

「最愛!後にしろ!」


もう、止まらない。


「母を!母を覚えていますかッ…?」

「母?」

「この、お店と同じ…」


言いかけて、父が遮った。


「凛の…娘か…?」

「覚えて…」

「覚えてるもなにも…忘れるわけがない…」


拭いていたまな板に両手をついて、父は項垂れた。


「アイツは元気にしてるか?」


ふと顔を上げて微笑んだ父に、母の愛した男を見た。この人は、母を裏切ったわけじゃない。私たちは捨てられたわけじゃない。そう思えた瞬間、母の笑顔が浮かんだ。


「母は…亡くなりました」

「いつ!?」

「今年の三月に、癌でした…」


父の無念に溢れた顔。私は、母の生きた証は此処にあると確信した。


母さん…父さんは母さんを覚えていたよ…


聞こえる…?

今、母さんは笑ってる…?