この空の彼方

浴衣を着て外に出ると、芦多がすぐ脇に待っていた。



「お待たせいたしました。」



慌てて駆け寄る。



「気持ちよかったか?」



優しく笑われ、灯世の頬も緩んだ。



「はい。」



説明するよりも早いと思い、灯世は芦多の手を取った。



……冷たい。 



どれだけ待たせたんだろう。



湯の中でいた時間はたいして長くはなかったように思うが、気持ちの良い時間は過ぎるのが早い。



きっとずいぶん待たせたんだろう。



眉を下げた灯世の手を、芦多は優しく握り返した。



「今、灯世が何を考えているのかわかる気がする。
大丈夫だから変に考えるな。」


「はい…。」


「うん、温かい手だ。」



芦多は嬉しそうに笑って手をつないだまま歩き出した。



「何か食べるか?
私は食べたが灯世はまだだろう?」


「いえ、食欲はないんです。」


「そうか、なら部屋に戻るか。」



芦多は遠回りすることはせず、一直線に部屋に戻った。



手をつないだままという気遣いが何よりも嬉しい。



さっきまで怖くて震えていたのに、芦多の隣にいるだけで恐怖が消えていく。



灯世にとって、やはり芦多の存在は絶対だった。



部屋に入ると、さっきは気付かなかったが、井草のいい匂いがした。



外観は古い宿屋だが中はきちんと掃除が行き届いているようだ。



「もう寝るか?」



布団に寝転んだ灯世を見て、芦多は行灯を消すために立ち上がった。



「いいえ。」



慌てて呼び止める。



「まだ話していたいです。」



立ち止まっていた芦多が、嬉しそうに微笑んで灯世の隣に座った。



灯世は身体を横たえたまま、芦多の手を取る。



その手が動いて、灯世の髪を梳いた。



まだ湿っている髪はたちまち芦多の指を濡らした。