この空の彼方

確かに、夜の張り詰めた空気に千歳の声が漂って聞こえた。



「向こうだ。」



芦多はザッと走りだす。



耶粗もすぐさま後を追った。



「何だ!?」



近づくにつれて、叫び声が聞こえてきた。



しかも、複数の。



千歳と爪鷹以外にも、いくつか声があった。



「どうした!?」



耶粗が武器を構えて崖の斜面を滑り降りる。



芦多はその場にとどまって観察した。



千歳と取っ組み合っている男。



怒り狂った爪鷹が刀を振るっている。



しゃがみこんでいるのは、怪我をしているのか?



芦多が加勢しようと足を踏み出したとき、耶粗の叫び声が甲高く轟いた。



何事かと芦多は崖を飛び降りる。



ぐらついた足を踏ん張り、芦多は爪鷹に覆いかぶさるようにして立っている耶粗に走り寄った。



「どうした!?」



まさか、致命傷か?



慌てて覗き込んだ芦多は、自分の身体がサーッと冷たくなっていくのを感じた。



「ひ…。」



声にならなかった。



周りの音が一瞬消え失せる。



さっきまで止まっていた心臓が、激しく脈打つ。



身体が震えた。



「芦多…。」



耶粗の腕が芦多を支えた。



「灯、世…。」



見るも無惨だった。



着物の襟首は伸び、はだけているし、そこから見える肌にはたくさんの痣や切り傷があった。



頬には涙の跡が出来ている。



灯世は上を向いていたが、その目は何も映してはいなかった。



……何をされたかは一目瞭然だ。 



庇うように、爪鷹は灯世を抱いていた。



爪鷹は芦多をちらりと見上げ、灯世を正面に座らせた。



「ほら、灯世。
芦多来たよ。」



ところが、灯世は芦多をみとめた途端、顔を強張らせうずくまった。