「じゃー千冬、陵と椅子に座って待っててくれ」



「うん、わかった」


「陵、頼んだぞ…」


陵君は、鈴で浩介に返事をした。



隣に座る千冬の横顔は、悲しそうな顔だった。


【…千冬】


俺は、千冬の肩を優しく叩いた。


【!?】


「なに?陵君」


陵君は、私の指を点字にのせた。


【『…朝から…冷たい…雨…だね』】


「うん、本当!この雨は、春を運んでくれる雨かもね…」


千冬は、そう言って雨の音がする窓の方を向いた。



「…陵君は、春に思い出ある?」


【思い出…千冬との…】



【『…思い出せないな…』】


「思い出せないか…私はね、有るの…大切な思い出が…」


千冬は、少し頬を赤くして言った。


【『どんな思い出?…』】



「…どんな思い出かって…んー、それは…」



〔ガチャッ!〕


待合室のドアが開き、兄貴が出てきた。


「お待たせ!さっ、入って」


俺は、千冬の腕を掴み診察室に入った。


結局、俺は千冬の思い出を聞けなかった。


【琉汰、覚えてる?…あの日の事を…ちょうど今日みたく雨が、激しく降っていたよね…】