一人の薄暗い帰り道にも慣れた。
月初めの空には円に近い月。星が白くかすむ。
無意識のうちに右手首を掴んで、今日の練習の復習をする。
「何してるんですか」
「あ」
空き地でうずくまっていたのは大辻先輩だった。
「靴紐。最近よくほどけるんだよ」
「右ですか?」
「そう」
さりげなく先輩のサブバッグを持つ。
「左じゃなくてよかったじゃないですか」
「なんで?」
「左の靴紐がほどけると、失恋するらしいですよ」
「やめてよ……」
うちの中学の校則で、登下校と体育のときの靴は白い運動靴と決まっている。
「あれ?サブバは?」
黙って、先輩のサブバッグを持ち上げてみせる。
「ありがとう」
「いいえ」
手渡すとき、一瞬だけふれあった指先。
でもそこにはもう、期待込めた熱はない。
楽器は違えど良き後輩として、卒業の日まで大辻先輩を支えたい。
ほのかな憧れはまだ消えないけれど。
それで、いいんだ。
「帰ろ」
「はい」
久しぶりに肩を並べた帰り道。