魚は言いました。

「岩が飛んだら危ないから、
君は物影に隠れて、
僕が良いと言ったら全力で穴を通れ。
それまで絶対にこちらへ顔を出すなよ」


恋人は隠れました。
見えない洞窟の天井付近から。
ドーン ドーン と
大きな音が聞こえてきました。
ドーン ドーン。

長い時間が経った時、魚が呼びました。

「いいぞ全力で穴を抜けるんだ」

恋人は一目散に穴を抜けました。



洞窟の外に出た恋人は
自由になれた事を喜びました。
その美しい虹色の鱗に傷一つとして付いていない事にも喜びました。

恋人は気付きました。
魚の姿が見当たりません。
辺りを探しても。


恋人は急いで出て来た穴を覗きました。

その穴の入り口に近い場所で、
魚が力無く漂っていました。

恋人は理解しました。

魚は虹色の鱗に傷が付かない様に
大きな穴を開けたのだと。
その為に、二度と動けない程の
酷い怪我をしている事も。


穴の奥から魚が言いました。

「ごめんね。君に初めて嘘をついたよ。

僕はずっと君に真実だけを伝えて来た。

なぜなら嘘をつかなくても

お互いを理解し合えていたから。

ごめんね嘘をついて。

君の傍にずっと居たかった……」


そのまま魚は暗い洞窟の底に沈んで行きました。


小さな穴の回りと辺りには、
魚から剥がれた鱗が舞いながら
キラキラと煌めいて、
まるで星空に包まれる様に
魚は見えなくなりました。


恋人の魚は悲しくて悲しくて

今にも穴に戻ろうとしました。

しかし、恋人の魚は意を決して
洞窟から離れ、
遠くに泳いで行きました。

なぜならお腹に新しい生命が居たから。

そしていつか、

朝方の清々しい空と海

昼間の散々散々と輝く
太陽とのんびり優雅な雲

夜の清らかな空気と誇らしい月と星の

話を聞かせようと心に誓いながら。


FIN