その帰り道。

「旦那ぁ、どうして上杉様の膝には座らなかったんですかぃ」

 と供に尋ねられた慶次郎は、自分の乗る松風の手綱を引いている彼の頭をキセルで叩く。

「いったぁ」

「天下広しと言えど、我が主と頼むは会津の景勝殿をおいて外になし」

 供が目をぱちぱちさせながら、自分を見ている事に気付いていないのか、慶次郎は真正面を見据えて静かに笑っていた。
吐き出した紫煙が、宵闇に溶けていく。

「真の義が、彼の目には見えたのだ」

 慶次郎の眼が見たものに偽りはなし。
景勝は、いついかなる時であろうとも、謙信公より継いだ義を貫き通した。

 その生き様に惚れた慶次郎は、関ヶ原・長谷堂城の戦いにおいて、上杉の兵と武功を上げる。

 そんな眼を持つ彼だから、秀吉も傾き者として生きる事を許したのかも知れない。