港町を一望出来る高台に、母の生家はあった。
 「ほら、着いたよ。」
運転手さんは路肩にタクシーを寄せるとハザードランプを焚いて言った。
 「あ、いくらですか?」
頭がちゃんと働かないので、気ばかり焦る。財布を取り出した。
「千円でいいよ。」
「え?」
かなりの距離を走ってきた筈だ。倍以上取られたっておかしくない。
「いやいや、駄目ですよ、受け取って下さい!」
彼は首を横に振った。
「お母さんを亡くした人から金は取れないと言いたいところなんだけど、俺も生活あるからさ。せめてもの気持ち。それに、俺の話も聞いてもらったし。」
 結局彼が僕を追い出しにかかったので、僕は仕方なく千円札を一枚だけ彼に渡してタクシーを降りた。
 「どうもありがとうございました。」
そしてタクシーが見えなくなるまで、手を振り続けた。

 すぐに母の生家に向き直る。ついにやってきたんだ。
 僕は唾を飲み込むと、一歩を踏み出した。後戻りはもう出来ない。