グッバイ・マザー

 あの家にはどこの家にもある、当たり前の安らぎがあった。僕達家族が最後まで手に入れることが出来なかった、当たり前の安らぎが。
 母はあの家に居るとき、本当に幸せそうに笑った。

 僕が中学に上がったばかりの頃、祖母が亡くなった。祖父はその後すぐに、後を追うように亡くなった。母は葬儀の間中、ずっと泣いていた。肉親である父よりもひょっとしたら二人の死を悼んでいたかもしれない。

 それからあの家は空き家になっている。僕達が一時の安らぎを得たあの家には、もう誰も居ない。時は無情に思い出を洗い流し、記憶は埃を被るのだ。幸せな時間はまるで幻想のようだと思う。