久しぶりに我が家を見た気がした。母が死んでから庭の植物は枯れてしまった。誰も世話をしないんだから当然だ。人が死ぬと環境はこうやって、少しづつ変わっていくのかもしれない。その人が好きだったおかずはやがて食卓に並ばなくなり、その人の好きなテレビ番組がつけられることはなくなる。
 忘れた訳ではない筈なのに、生活していた空気は次第に薄くなり、やがて存在の痕跡は無くなってしまう。
 誰も居ない家は暗く、よそよそしく感じられた。ここで生まれ育った筈なのに、他人の家みたいだ。ひやりとしたフローリングの感触。薄暗い室内には静寂が漂う。
 廊下を抜けて階段を上がり、自分の部屋に荷物を置く。一眠りしたいところだが、欲求をぐっと堪え居間に降りた。
 キッチンに向かい冷蔵庫を物色する。オレンジジュースがあったのでコップに注いで飲んだ。
 以前の冷蔵庫には必ず酒が冷やしてあった。母は酒を切らしたことはなかった。もちろん今は入っていない。
 そして床下の収納スペース。母はよくここに酒を隠していた。僕や父は、知らないふりをしてそれらをこっそり捨てた。母は酒が無いことに気付いているのだが何も聞かずに、またこっそり補充する。その繰り返し。母の死の直前まで続けられたイタチゴッコ。